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 昼食の時間が過ぎると、あれほど込み合っていた店内が森閑となった。箱根湯本駅の勤め人たちが午後十一時半から午後一時までのあいだに押し寄せては退いていった。
 ピークを過ぎた店内にポツリと一人の少年が窓際の日当たりのいい席で何をするでもなく、佇んでいた。
 目の前にあるカップの中身がなくなっていることに気づく。大きな溜息をひとつ、物憂げに外を眺めた。
 元気な高校生たちが外を楽しそうに歩いている。自分と同じくらいの年代ながら、どうして自分ばかり……。
 彼は家出をしてきたのだ。周りはみんな少なからず将来の事を考えているというのに、自分だけはその道すら見えていない。そう考えると、同じ世界にいたくないと思った。今よく考え直すと下らない事だが、もう帰る気なぞ勿論、無い。
 コンコン……
 いきなり窓を叩かれる音に驚いた。
 音のする方を見るとそこには一人の少女がじっとこちらの方を見ていた。
 古ぼけたウサギのぬいぐるみを大事そうに抱きしめながら何かこっちに向かって話しかけている。
 少年は店を出ると彼女に歩み寄った。
「……君は?」
 彼は少女に問うたが、返事はなかった。ただ、彼女の薄紅色の唇は何か言いたげに動いたが、音ではなかった。
「一人?」
 続けて彼は少女に問うた。少女は微かに唇を綻ばせて、頷いた。
 周りには彼女を知る人間はいないようだ。彼女を見つめると、彼女はその大きな瞳で彼を見つめ、首を傾げた。その動作が、なんだか愛らしい。
「何か用事かな?」
 近所の小さい子を相手にしていたので、子供の扱いは慣れている。っだが、少女はその扱いが気にくわなかったらしく、ふくれっ面になる。
「私二十歳なんだよ! 子供扱いしないで!」
 ……な。
 一瞬、ありとあらゆる思考回路が停止した。
「……は、はは。面白い冗談言うね」
 何とか頭をフルに動かし、唯一出た言葉がそれだ。
「冗談なんかじゃないよっ。ったく。だからガキは嫌なんだっ」
「…………」
 その台詞に再度、言葉を失う。
 少年はもう一度少女を見直した。しかし、どこからどう見ても二十歳には見えない。幼稚園か小学生がしっくりとくるという感じだ。
 それでも現実的にはありえないことだ。
「それって何か新しい遊びかな?」
 ひきつった顔をなるべく笑顔にしてもう一度少女に話しかける。すると少女はとても愛らしい笑顔を浮かべた。
「違うわ。だって私はもう死んでるもの」
 少年は本気で絶句した。彼女は話を続けた。
「私がここにいるのは、誰か私に気付いてくれる人を捜していたから。やっと見つけたのに、こんなに鈍いとは思わなかった」
 少女は大きく溜息を吐く。明らかに期待はずれだ、と言わんばかりに。
「…………」
 少年は微妙に顔色を変え始めている。……俺に霊感なんて無かったハズなんですが……?
「……じゃあ、どーすればいいんですか?」
 イライラを表に出し、彼は尋ねた。
「…………」
「あのぉ……?」
「信用してないでしょ」
「は?」
「まだガキの戯言だーとか、何だかんだとか思ってるんでしょっ」
 力ある言葉を叩き付けられる。
「だからっ、私のコトを頭のおかしい人とか、そういう風に見てるんでしょって言ってるのよっ!」
 少女の小柄な体からは考えられない程の大声で叫ばれて、少年は少し正気を取り戻した。
「……確かめて、みる?」
 少女はそう言って少年の手に触れた。少女の手は彼の手に触れているはずなのに、温かさは無く、反対に彼の体温を奪ってばかりだ。
 その事実に、彼は少女の言葉を信じざるをえなかった。
「やっと信じてくれた」
 少女は嬉しそうに微笑んだ。

「今、私のからだは温泉に沈んでる」
 近くで黒たまごを買い、その辺のベンチに腰をかけて話を聞こうとし、彼女はそう切り出した。
「温泉?」
「そ。温泉」
「でも、どうしてそんなところに」
「そんなの私が聞きたいわよっ」
 少女が黒たまごの黄身を口の周りにつけながら上目遣いでこちらを見上げながら反論した。
「……ハンカチ、いる?」
 少年がポケットからハンカチを取り出して聞くと、彼女は受け取って口の周りを拭いた。
「とにかく、私が言いたいのは、どうにかして私の体を見つけてほしいってことよ」
 少女の放った言葉に、彼は内心、恐怖を感じていた。このままでは強制的に捜索の手伝いをさせられる。第一、自分は将来の展望に悲観して家出してきただけなのに、何でこんなことになるんだ?
「まさか、ここまで聞いて嫌とはいわないわよね?」
 少年の体がぎくり、とこわばった。読まれているのだろうか。
「えーっと、その……」
「そう。手伝ってくれるんだ!」
「えっ!?」
 誰もそんなこと、言っていない。
「いやっ。俺はそんな事一言も……」
 言っていないと言おうとした瞬間、いきなり襟元を捕まれて少女の顔に持っていかれた。
「て・つ・だ・って・く・れ・る・わ・よ・ね?」
 極上の笑顔をたたえた少女は何か異様なオーラを身にまとっているようだった。
 少年は一瞬ハイと言いかけて黙り込んだ。
(や……やばい。このままだと完全に相手のペースだ)
 しかし逆らったらこの少女のことだ。ただではすまないだろう。
 少年は仕方なく、頷いた。その表情が暗いように見えるのは気のせいではないだろう。

 かこぉぉーん……
 獅子オドシの音も、今は気を重くさせる材料にしかならない。
 彼女に連れられて、少年は少女が沈んでいるとされる温泉に来た。
 昔は客が来ていたそうだが、今は別館に移されて、人気はない。
「でもさ」
 視線を並んで歩いている少女に向ける。
「何?」
「どうして人を捜してたんだ? 場所知ってるなら自分で探して掘り返したらいいだろ?」
「何? キミはこんなにか弱いレディーにそんなきつい肉体労働をさせていいと思ってるのっ!?」
 かなり真面目に怒っている少女に一つため息を返して少年は温泉の中を見始めた。
「で? どこにあるんだ? その死体」
「だから可愛らしいレディーの前で死体だなんておぞましい単語を使わないでよ」
「もうそれは分かったから……」
「ハイハイ。えっとね、もうちょっと前に屈んでみてくれる?」
 少女に言われたとおりに彼は少しかがみ込んだ……。

第二話へ続く

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